パリに発つかおちゃんを見送りに行くはずだった今日、朝早くに仕事場から電話が来て、仕事になってしまった。
どうしても見送りに行きたかったのは、かおちゃんが今後これから、たとえばちゅんが危篤だとか、どうしようもない理由がない限り、彼女自身そんな自覚がないまま、タイミングがパリにありつづけてそう簡単に日本に帰ってくることはないだろうと直感したからだった。


いわきにきたかおちゃんと一緒に、一膳でご飯を食べているときに、ひとくちひとくちを噛みしめてチキン南蛮とごはんを食べる彼女に
「この人は、自分でそんなつもりはなくても、日本に帰るきっかけを失うだろう、パリにきっかけがあり続けて、居心地がよくて、すんなりパリで住むことになるんだろう。一緒にご飯を食べることはこの先、そう簡単にない」
と思った。


かおちゃんに「ごめん」の電話をし、札幌から預かった伝言を伝え、仕事に向かった。

昼過ぎに仕事が終わって帰りぎわに、さんざん文句を言い、さんざんののしって、どっと疲れていた。
17:20に出国すると聞いていたから、今なら成田に間に合うかもしれないと思ったけれど、まっすぐにかおちゃんに向かえなかった事実になんとなく落ち込んでしまい、海で見送ろうと決めて、四倉に向かった。
かおちゃんは海が好きだし、朝、余計なものを入れたくなかったので携帯もパソコンも家においてきた。


今日の海岸は霧もなく、いい感じの曇りで、風も気持ちが良かったし、先日に買っていたビーチパラソルとピクニックシートを砂に刺して広げてごろごろしながらひたすらぼうっとしながら、いままでかおちゃんとやってきたこと、話したこと、かおちゃんのハスキーボイスを思い出して、かおちゃんだけを考えていた。

サーフィンをしている人と波をみながらちょっと寝てしまい、手元にあった本は砂にまみれて、目覚めは気持ちよく、ああ、かおちゃんは大丈夫だと思いながらまた眠った。






携帯電話やパソコンを家に置いてきたことが正解で、余計な情報をえずに済んだし、なによりのんびりできた。
なんかすごく、泥がからだにまとっているみたく眠くて、海でもずっとうとうとしていたし、海のあとに行った健康センターでもサウナの中ですら眠っていた。


Hに「はるえは負け続けるかもしれない、でも笑って死ねる人間だと思う、笑って死ねる人間は最強なんだからな」と言われ、かおちゃんは「はるえはいつだって負けてないじゃない」と、ふふと言った。
負け続けると言われ、これからまたなにに負けるのかと微妙な気持ちになったし、最強と言われてもちっとも嬉しくなく、でもそう思うのはきっと、ちっぽけな自尊心がまだわたしの心に残っているからなんだろう、自尊心て余計だな、それにわたしは生き意地がきたないので、負けても立ち上がるから大丈夫だと最終的に思った。

思ったことを素直に言ってくれる友人に恵まれていると思う。
そして彼らが言葉にしないことを感じていられる自分でいたい。

負けるかもしれないと思って飛び込まないのは、弱虫のすることだ。
すべてのことに対して自分の感覚は大事にしている。
それが負けることにつながっても私は別にそれでいい。私に必要なものなのだろう、きっと。


世界は広いようで近いから、かおちゃんにはまた会うんだろうし、ハイテクを駆使していつだって声が聞ける。
ハイテクではとうてい追いつけない、かおちゃんの日常をいつか見に行こうと思うし、行くんだろうと思う。


健康センターで、浅黒くばーんとした身体でサウナに横たわり水風呂にさぶんと入りを繰り返す、国籍不明の女性を「わかる」と思いながらもじっと見つめてしまった。
たぶんいい友達になれると思う。