風が吹いても桶屋は別にもうかってなかったと思う
家をリフォームする前には南天の木が庭にあった。
水道のすぐそばにあり、冬に実をなすと野鳥がよくつつきにきていて、よく観察していたものだ。
鳥たちの食べっぷりに、すごく美味しそうだなと口に入れたことがあった。しぶくて もそもそして、赤い汁が手につくかなと思ったらベタベタして黒っぽくなるだけ。
祖父のあぐらの中に座って、南天の実で遊んだ。ひとつひとつ並べて、はじいたり、まとめて祖父の鼻に詰めようとしたりした。
祖父は桶職人だったから、家のすぐそばの離れに小さな作業場を設けていて、彼が作業を始めると木を削る機械の大きな音が聴こえた。
作業場は乾いた木の匂いで満ち満ちていて、床はおがくずとかんなくずで埋もれ空気の中にも木のくずが舞い、薄暗い作業場がさらに薄暗く見え少し怖くて。
作りかけの桶や、いろいろな種類ののこぎりやとんかち、大きなかんなの替刃や釘、くず木、桶のまわりに巻く銅のリボン、ありとあらゆる道具がそこにはあった。
作業場そのものが道具箱のようで、子どもの頃はよくその作業場を秘密基地にして遊んでいた。
私が小学校に入学してすぐに祖父は死んでしまったけれど、父が死ぬ7年前までその作業場は残っていたし、作業場の奥にある4畳半のたたみの部屋にはとにかく本が沢山あったので
大人になってからもひとりになりたいときは、よくその部屋にこもった。祖父の遺した本を読んだり祖父の満州時代(超イケメン)のアルバムを眺める。
静かで、薄暗くて、ぽつんとしていた。祖父の匂いは木の匂いだった。
ひとりで考え事をしたり、一点を見つめてしまうのはきっと昔のその作業場にいた頃からなんだろう。
秘密基地が欲しいな。
部屋でもひとりになれるけれど、あの作業場の秘密基地感が欲しい。秘密基地に行こう、と思いたい。
場所なんだと思う。きりきりしたときに心を静かに置ける場所。
そしてなんとなく、秘密基地は暗くて狭いほうがいい。