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ジャックロンドンの「どん底の人びと」は昔付き合っていた人からもらったもので、なくしてはでてきてなくしてはでてきているのでたぶん、私の身の元にあるべき本なのだろうと思う。
1902年に出版されたこの本は何度読んでも落ち込むものであるし、作中ちっとも希望なんてもののかけらも出てこない。
映画「ライフイズビューティフル」を姉と観にいったとき、エンドロールが終わっても立ち上がることができず、終戦を半歩目の前にケロッと死んでしまったグイドを憎たらしくなるくらいに想いながら「こんな映画二度と観ねえ」と言ったとき以上の、喉やひざにつっかえるものがある、つらいつらい本だ。こうまとめるのもつらいくらいの本だと思う。
今日またひさしぶりに見つけてしまったので読んでいる。ちょうど「ホームレス歌人」を休み休み読んでいるところに見つけた。ダブルでつらい。最近自分にもドSだ。

そんなことはいいのだけれど、原稿がかけない。
2年とすこし前、いま生きるために普通の生活と普通の人生を取り戻そうと決めて毎日をとにかく暮らして、そのあいだに感覚に膜がはってしまったみたい。
これはちょっとよくないなと思い、こうして日記を書いては消して、海と山の生活に町をいれようといま、少しづつ約束をしてみたり、あっこちゃんのお店にいっておしゃべりをしたり、ブレイクでぼうっと人を眺めたりしている。
りぃーどでエッセイを書かせてもらうことになったのだけど、たった800字が本当にむつかしいことを知った。長くなってしまってまるでおさまらず、現状これはなんだと思うような原稿しか書けておらず、本当に申し訳ない気持ちだ。
たのしみにしていますという、こちらが「なにかお贈りさせてください、オーシャン物産のかつおでもいかがでしょうか」と思うほどにありがたい言葉もいただいているのにもかかわらず、そうしているあいだにも膜は厚く厚くなってしまっている気がしている。

札幌の友人に酔って電話をして「ヒリヒリしなきゃ駄目なんだと思う、ちょっとのんびりしすぎたと思う」と言ったら「そうかもしれないけど、つらくないか」と心配された。
でもここにいると書けないままだ。

でも思う、知性も教養もないわたしに書けることなど本当にわずかだし、いつもおなじ事で、そうしているあいだに一生懸命につくろっていたものがはがれて、ただの空っぽなわたしがばれて、きっとそのうち「たのしみにしています」なんてことも言われなくなる。

ツイッターやめようかな、よくないや。